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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)15号 判決

岐阜県岐阜市長良子正賀8番地の4

原告

深尾要

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

石田惟久

中村友之

井上元廣

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第7654号事件について、平成5年11月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年5月11日(国内優先権主張昭和61年5月14日、同年12月26日及び昭和62年1月24日)、名称を「スキー」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭62-114185号)が、平成5年2月18日に拒絶査定を受けたので、同年4月24日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第7654号事件として審理したうえ、平成5年11月18日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年1月10日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

「スキー板本体1の靴取付部分の下方側面Lに補助エッジ4、8を取り付け、その作用部6、9a、9bを変換可能とすることにより雪面に対する作用を調節し得ることを特徴とするスキー。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特公昭50-31501号公報(以下「引用例」という。)に記載された事項(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものと判断し、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例記載事項の各認定は認める。

本願発明と引用例発明との一致点・相違点の認定は、同認定が発明の目的と構成に関するものであって作用効果に触れるものではないこと、及び、審決が引用例発明についていう「補助エッジの作用部を着脱自在に取付け、」が、「補助エッジ自体を着脱自在に取付けることにより、その一部である作用部を着脱自在に取付け、」の意味であることを前提に、認める。

相違点についての認定判断は争う。

審決は、相違点についての認定判断を誤り、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  両発明の構成の比較

補助エッジ自体の操作方法に着目すると、本願発明においては、常にスキー本体に取り付けられているのに対し、引用例発明においては、着脱自在に取り付けられる、すなわち、必要時には取り付けられ、不要時には取り外される。

作用部の操作方法に着目すると、本願発明においては、ある作用部を他の作用部に取り換えることにより、雪面に対する作用を調節するのに対し、引用例発明においては、この調節は、同じ作用部を用いながら、補助エッジ自体の取付位置の上下を調節することにより行われる。

このように、両発明には、補助エッジ自体の操作方法についても、作用部の操作方法についても、大きな相違がある。補助エッジと作用部の数の関係で見ても、補助エッジ1に対する作用部の数は、本願発明においては複数であるのに対し、引用例発明においては1である。

2  両発明の作用効果の比較

両発明の上記構成上の相違に基づき、作用効果においても、次の相違が生ずる。

調節の変化の量と態様において、作用部を「変換可能」とする本願発明の方が、補助エッジ自体の「取付位置の上下を調節」するにすぎない引用例発明よりも、大で多様である。

例えば、本願発明においては、作用部の長さの調節、本体エッジと作用部の間隔・前後の位置の調節、左右の板の履替えによる作用部の変換が可能であるのに対し、引用例発明においては、これらの調節はいずれも不可能である。

3  このように、本願発明と引用例発明との問には、その構成において大きな相違があり、構成におけるこの相違に基づき、作用効果においても大きな相違がある。

4  審決は、「前者(注、本願発明)は、補助エッジの作用部を変換可能とすることにより雪面に対する作用を調節し得るとされるが、後者においても、補助エッジの作用部を着脱自在となすと共に作用部を上下方向に移動させることにより、前者と同様、雪面に対する作用を調節し得る効果を奏するものと認められるから、両者の構成の相違点は、当業者が必要に応じて容易になし得る単なる設計変更にすぎないものと認める。」(審決書4頁8~16行)として、「雪面に対する作用を調節し得る効果を奏する」点で両発明が同じであることのみを理由に、「両者の構成の相違点は、当業者が必要に応じて容易になし得る単なる設計変更にすぎないものと認める。」との結論に至っている。

「スキー本体に取り付られる部品」(審決書3頁19~20行参照)により「雪面に対する作用を調節し得る効果を奏する」点で両発明が同じであることは、審決認定のとおりであるが、このことのみを理由に、「両者の構成の相違点は、当業者が必要に応じて容易になし得る単なる設計変更にすぎないものと認める。」との結論を導き出すのは、論理の飛躍である。

すなわち、スキー本体に取り付けられる部品により雪面に対する作用を調節し得る効果を奏させることを目的とする場合にも、どのようにしてこの効果を奏させるかに関する技術的思想・内容こそが問題なのであるから、両発明の相違点の検討に当たっては、この点における比較が不可欠といわなければならず、上記比較をすることなく、ただ、スキー本体に取り付けられる部品により雪面に対する作用を調節し得る効果を奏させることを自的とすることにおいて共通するか否かだけを見て、両発明の相違点は単なる設計変更にすぎないとするのは、スキー滑走の向上のためスキー本体に部品を取り付けるという、当然といいうる事項において共通するから、上記相違点は設計変更にすぎないというに等しく、明らかに不当である。

そして、上記技術的思想・内容において両発明に大きな相違があることは、既に述べたところから、明らかといわなければならない。

5  被告は、この点につき、実公昭34-16336号公報等(乙第1~第5号証)を挙げ、一般に、スキー板本体のエッジの作用部に種々の形状を付したり、その位置を変えたりして、これにより、エッジの雪面に対する作用を種々調節しようとすることは、本願出願前周知の手段であり、エッジの形状やその位置等は、雪面に対する作用との関係で適宜選択されるものであることは、技術常識となっていたと主張する。

しかし、被告の挙げる各文献は、いずれも審決において挙げられていないものであるから、本訴と無関係であり、本訴においてこれを根拠に論ずることは許されない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  審決の行った一致点・相違点の認定は、発明の目的と構成に関するものであって、作用効果に関するものではない。

審決が引用例発明についていう「補助エッジの作用部を着脱自在に取付け、」は、「補助エッジ自体を着脱自在に取付けることにより、その一部である作用部を着脱自在に取付け、」の意味である。

2  原告が両発明の構成の比較(第3、1)において述べる相違があることは、それを大きなものと見る評価の点を除き、認める。

3  審決が「(当審の判断)」において行った相違点についての判断(審決書4頁6~16行)には、表現において簡潔すぎるところがあったかもしれないが、以下に述べるとおり、原告主張の論理の飛躍はなく、正当である。

引用例発明も本願発明も、ともに、雪面に対する作用を調節しうる効果を得るために、補助エッジをスキー板本体に取り付けるものである点で共通である。

そして、一般に、スキー板本体のエッジの作用部に種々の形状を付したり、その位置を変えたりして、これによりエッジの雪面に対する作用を種々調節しようとすることは、例えば、実公昭34-16336号公報(乙第1号証)、実開昭54-110278号の明細書及び図面のマイクロフィルム(乙第2号証)、特開昭55-52776号公報(乙第3号証)、実開昭59-188466号の明細書及び図面のマイクロフィルム(乙第4号証)、実公昭50-1988号公報(乙第5号証)に見られるように、本願出願前周知の技術である。すなわち、エッジの形状やその位置等は、雪面に対する作用との関係で適宜選択されるものであることは、本願出願前既に技術常識となっていたのである。

そうとすれば、雪面に対する作用を調節しうる効果を得るために、補助エッジを使用するスキーにおいて、補助エッジの雪面に対する作用を種々調節するために、補助エッジの作用部を変換可能とすることに、何らの困難性もないといわなければならない。

審決が、雪質等状況に応じて雪面に対する作用を調節しうる効果を得るために、補助エッジをスキー板本体に取り付けるものである点で、本願発明と引用例発明が一致している旨を認定したうえ、これを前提に、両発明の相違点につき、「当業者が必要に応じて容易になし得る単なる設計変更にすぎないものと認める。」としたのは、このことをいったものであり、この認定判断には、何の誤りもなく、原告主張の論理の飛躍もない。

なお、前示本願発明の要旨によれば、本願発明が、雪面に対する作用の具体的調節方法までをも要旨とするものでないことは明らかであり、このことを前提にした場合、本願発明の作用効果も、引用例発明及び上記技術常識から十分予測できるものといわなければならない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  本願発明と引用例発明は、雪面に対する作用を調節しうる効果を得るために、補助エッジをスキー板本体に取り付けるものである点で共通であること、引用例発明において、補助エッジを着脱自在に取り付けることにより、その一部である作用部を着脱自在に取り付けるものであり、補助エッジの上下の位置調節を自在にすることにより雪面に対する作用を調節していることについては、いずれも当事者間に争いがない。

2  そして、実公昭34-16336号公報(乙第1号証)、実開昭54-110278号の明細書及び図面のマイクロフィルム(乙第2号証)、特開昭55-52776号公報(乙第3号証)、実開昭59-188466号の明細書及び図面のマイクロフィルム(乙第4号証)、実公昭50-1988号公報(乙第5号証)によれば、スキー板本体のエッジの作用部の形状を種々に変えたり、その位置を変えたりして、これによりエッジの雪面に対する作用を、雪質、滑降の種類、滑降者の技量等状況の違いに応じて種々調節しようとすることは、本願の優先権主張日前、既に周知の技術となっていたと認めることができ、この認定の妨げとなる証拠はない。

原告は、上記各文献は、いずれも審決において挙げられていないものであるから、本訴においてこれを根拠に論ずることは許されないと主張するが、審判段階で挙げられていなかった文献であっても、それ自体を引用例とするのではなく、周知事項の証明資料とするにすぎないのであれば、審決取消訴訟において用いることは許されると解すべきであるから、原告の上記主張は採用できない。

3  この周知技術のもとで、引用例(甲第7号証)をみれば、引用例には、雪面に対する作用を調節しうる効果を得るために、補助エッジをスキー板本体に着脱自在に取り付け、その上下の位置調節を自在にする技術が開示されているのであるから、これと上記周知技術に示されている技術思想に基づき、「雪面に対する作用を調節し得る」ように、引用例発明の補助エッジの作用部を「変換可能とすること」は、当業者にとって、何らの困難もなく想到できたことであり、したがって、また、本願発明の作用効果も、引用例発明及び上記周知技術から十分予測できるものといわなければならない。

原告は、本願発明と引用例発明とは、補助エッジ自体の操作方法についても、作用部の操作方法についても、大きな相違があり、補助エッジと作用部の数の関係で見ても、補助エッジ1に対する作用部の数は、本願発明においては複数であるのに対し、引用例発明においては1である等主張し、これに基づき、本願発明と引用例発明との作用効果の差異を主張するが、前示当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明が、原告の主張するような補助エッジの作用部を変換可能とすることの具体的態様に限定したものを、その要旨とするものでないことは明らかであるから、原告の主張をもって、上記判断を覆す理由とすることはできない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき環疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成5年審判第7654号

審決

岐阜県岐阜市長良子正賀8番地の4

請求人 深尾要

昭和62年特許願第114185号「スキー」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年12月9日出願公開、特開昭63-302868)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯、本願発明の要旨)

本願は、昭和62年5月11日(国内優先権主張 昭和61年5月14日、同年12月26日及び昭和62年1月24日)の出願であって、その発明の要旨は、平成5年5月24日付けで補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、「スキー板本体1の靴取付部分の下方側面Lに補助エッジ4、8を取り付け、その作用部6、9a、9bを変換可能とすることにより雪面に対する作用を調節し得ることを特徴とするスキー。」にあるものと認める。

(引用例)

これに対して、原査定の拒絶理由に引用された特公昭50-31501号公報(以下、引用例という)には、スキー本体1の側面中央部付近に2次的に作用するサイドエッジ2を着脱自在に取付けてなることを特徴とするスキー(特許請求の範囲)が記載されており、エッジ片部4は適宜の巾aを有する水平片部4aと垂下片部4bとからなり、該垂下片部4bの下端外側面角縁部4cでエッジング作用を行うようにしてなるものであり、また前記取付用立上り片部3には取付孔5が複数穿設されており、該取付孔5は上下方向に長い長孔で、前記スキー本体1の側面にサイドエッジ2をビス6によって着脱自在に取付ける場合、上下の位置調整を自在にしている旨(公報第1頁右欄第15行~同欄第24行)記載されている。

(対比)

そこで、本願発明(以下、前者という)と引用例に記載されたもの(以下、後者という)とを対比すると、前者の「スキー板本体1」、「靴取付部分」、「補助エッジ4」、「作用部6」は、後者の「スキー本体1」、「側面中央部」、「2次的に作用するサイドエッジ2」、「エッジ片部4」にそれぞれ相当するから、両者は共に、スキー滑走の向上を目的としたスキー本体に取り付られる部品に関するものであって、雪質等状況に応じて、前者が、補助エッジの作用部を変換可能とするのに対し、後者は、補助エッジの作用部を着脱自在に取付け、上下方向の位置調整を可能とする点で構成が相違するものの、そり他の点では実質的に一致している。

(当審の判断)

次に、上記の構成の相違点について検討する。

前者は、補助エッジの作用部を変換可能とすることにより雪面に対する作用を調節し得るとされるが、後者においても、補助エッジの作用部を着脱自在となすと共に作用部を上下方向に移動させることにより、前者と同様、雪面に対する作用を調節し得る効果を奏するものと認められるから、両者の構成の相違点は、当業者が必要に応じて容易になし得る単なる設計変更にすぎないものと認める。

(むすび)

したがって、前者すなわち本願発明は、後者すなわち引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年11月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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